パティちゃんのお母さんになりたい。

 

最近はブログを書くほどの事が無く

ただ書きたいなーと漠然とあるだけで

何回かひらくのですが、浮かばないですね。

 

なので、ここでちょっと私の体験談をば。

 

結構ネガティブな事も書くと思うので

苦手な方は引き返してください。

 

 

 

 

 

おそらく兆しといいますか

予備軍みたいになってたのは多分小学生頃かと思われます

大きな原因もおそらく小学生の頃では?と言われたのですが

 

家庭環境も原因の一つだと私は思っています。

 

私は真ん中で

上は姉が、下が弟で

長女と長男と私の差というのは物心つく頃には気付いていて。

私は愛されていない、と分かっていました。

 

それが確信というか

分かっていても衝撃は受けるもので

小学校の低学年でいじめは受けていて

それから高校に入るまで続きました。

誰にも言えませんでした。

だから学校も休むこと無く行って

何事も無いように生活していました。

 

でも、本当に登校する事が苦痛で

一度だけ

訴えた事があります。

凄い勇気のいることで

助けて欲しい一心で、すがってみる事にしました。

 

母の答えは面倒くさいから嫌だ

 

それだけです。

私の苦しみ、ましてや私の事などどうでもいいのだ

と思いました。

私は死んでもいい存在だと

それから毎日死にたいと思うようになりました。

 

姉と弟の場合は担任と相談したり

保健室登校をさせてました。

 

親は長男長女が大事。

私は捨てられたと、思う方が楽でした。

 

それ以来誰とも話をする事をやめました。

 

信用する事もしなくなりました。

 

中学に上がってもいじめはありましたが

誰にも相談する事なく

登校し続けました。

 

今思えばズル休みなりすれば良かったと思います。

 

でも高校では知っている人がおらず

いじめはありませんでした。

誰とも喋れました。

やっと解放されたと思いました。

 

変わりに家では物に当たるし、暴飲暴食はするし、口も悪く

荒れていました。

 

その頃私は何かおかしいのでは、とは思いませんでした。

 

問題無く大学も入り

普通に卒業しました。

 

でも卒業した後くらいから

気持ちの落ち込みや体の不調など

サインは色々出てました。

 

その頃から何かおかしいのかも

とは思ってました。

でも、鬱など、精神疾患では無いとだろうと軽く見ていました。

 

卒業してからはバイトして過ごしてましたが

バイト中になぜか涙が止まらなくなり

気持ちの落ち込みが酷く

その日は早退させてもらって

もしかしたら病院に行った方が良いのかもしれない

と思い

近くの病院を予約して行きました。

 

そこで初めて知ったのですが

心療内科と精神科は違うと言われて

多分あなたは精神科の方が良いと言われました。

でも念のため薬は出すので辛くなったら飲んでと

病院も紹介してもらい

予約しました。

それまではバイトも行っていたのですが

 

毎日仕事中に泣き出してしまい

気分も落ち込み

仕事もできず

朝行く道のりでは泣きながら過呼吸も起こしてました。

毎日早退か休んでいて

私も自分に何が起こっているのか分からず、不安でした。

 

やっと病院に行ける事になった頃は鬱状態と操状態を毎日1時間おきに行ったり来たりで

 

毎日どうやって死のうと思ってました。

 

初めてそこの病院に行った時の記憶は正直無いのですが

 

泣きながらですが、私の話をよく聞いてくれました。

辛い死にたい消えたいと吐き出させてくれました。

生きたいたくなかった。

産まれたくなかった

産まなければ良かったのに、と。

 

私は何が憎いのか

何が嫌なのか

なんて死にたいのか

理由なんてどうでも良かったです。

 

とりあえず殺してくれと思いました。

 

それでも

薬を飲んで、ご飯も食べて

よく寝て休むこと

言われてのでやりました。

病院に行く3週間前からご飯は一切食べておらず

色んな意味で死ぬよって言われました。

 

病名は聞くたびに変わるのでよく分かりません。

ただ自律神経のバランスが崩れているみたいです。

 

何年か薬も飲んで

仕事もしばらくしてなかった時期が一番辛かったです。

毎日落ち込んでハイテンションになったかと思ったら30分後にはまた落ち込んで

1日に何回繰り返したか分かりません。

泣いて笑って疲れて寝る。

それだけで精一杯でした。

 

どん底だったと思います。

何回か包丁を持ち出して死のうとした事もあります。

 

でも、死ねませんでした。

 

おそらく引き留めてくれたのだと思います。

 

中3の頃に里親募集のチラシを見て

家族になった猫

あの子が側に居たから

私は少しでも安心できました。

何も言わずただそこに居るだけでしたが

私には、ただそれだけが欲しかった。

ずっと欲しかったものをくれました。

なついてくれました。

一緒に寝ました。

一緒に遊びました。

 

でも私を助けてくれた出会いはこれだけではありません。

友達に紹介されて聞き始めたサンホラも

高校の友達も

私を支えてくれました。

 

初めて自分の病気を打ち明けた時も

拒絶する事もなく

以前と変わらず接してくれました。

これは後から聞いた事ですが

その時非常に心配はかけていたみたいで

 

今は沢山笑ってくれるので安心したと

 

今思えば、招き猫だったのでしょうか

 

出会いを招いてくれたから

私は今生きていられます。

 

サンホラは、生きる事の苦しさ

命が消える事

誰もが愛されて産まれる事

人を愛する事

沢山の事を教えてくれました。

 

君はとても辛いんだね、でも産まれた意味も生きていく意味も

君が見つけるしか無いんだ。

今は分からずとも、必ず見つかる。大丈夫だ。

だから、少しでも答えに近付けるように

物語を聞かせてあげよう。

しばらく耳を傾けくれないか? 

辛いならいつでもおいでよ

 

そう言われた気がしました。

サンホラを聞いている間は自分の辛さでは無く

物語が悲しくて泣いて

感動して泣いて

 

とても大切な時間でした。

 

君を傷付けるモノを僕は絶対許さないよ。

 

見ず知らずのグラサンにそう言われて

気持ちが溢れました。

私の味方になってくれるんだって。

とても嬉しかったです。

 

それから徐々に気持ちが安定するようになり

何も考えずに笑う事もできるようになり

死にたいと考える時間も少なくなりました。

 

薬のおかげもありますが

何より支えがあったからだと思います。

 

今は随分と落ち着いて

薬も減りました。

栄養は相変わらず無いね、とは言われますが(笑)

 

でも、私が安定する頃

猫が13歳になり

行動も遅くなり

体も痩せていって

 

でもご飯は食べるから大丈夫だと思ってました。

14歳になる頃

目が見えなくなり

耳も聞こえなくなりました。

食も細くなり

 

これはいよいよ考えなくてはと

でも私を一人にしないでほしかった。

もし、この子を失ったら私は生きてはいけない。

だから、まだ大丈夫、まだ大丈夫と

 

多分、私にお別れを言ってくれたのだと思います。

その日は仕事が休みでちょっと出掛けていて

お茶をしている時に

ふと昔飼っていた犬達を思い出して

死んでいる姿も思い出して、まさか、と思いました。

そんな訳ない

そんな事あってたまるか

 

でもどうしようもなく不安で

家に帰ったら冷たくなってました。

どれだけ泣いたか分かりません。

声をあげて

子供みたいに泣きました。

置いていかないで、一人にしないで

ずっと一緒にいて

あなたがいなくなったら私の側には誰が居てくれるの? 

お願いだから神様連れていかないで

辛くて、寂しくて、凄く痛い

 

火葬場に連れていく時、後を追おうと思いました。

 

でも、帰りの夕焼けを見ていたら

とても綺麗だと思いました。

夕焼けがこんなに綺麗な事を知りませんでした。

 

あの子と見ていた景色を思い出すと

とてもキラキラしていて

優しくて暖かい事に気付きました。

世界を嫌っていたのは私の方だったんです。

 

その時に決めました。

何があっても生きよう。

辛くていくら泣いても、もう諦めない。

沢山笑って、幸せになりたい。

 

あの子が生きる事と死ぬ事を私に見せてくれたのは

必ず意味がある。

あの子は愛される為に産まれて、誰かに何かを教えるために死んだ。

 

なら、私もそんな風に生きる事ができるはず。

私はあの子を愛していた。

私にも、できた。

だから、愛される事も叶うはず。

 

初めて生きたいと思いました。

辛い事もこの先必ずあるけれど

私には、立ち向かう力がある。

 

自分の事を好きになって、自信がついて

それから毎日ビックリするくらい笑って泣いて

ごく普通な毎日を生きられる事に幸せを感じます。

 

ずっとこんな風に生きたかったんだって、理想の自分になれた事が

とても嬉しいです。

 

 

私はずっと一人だと思ってました。

それは周りを見なかったからだし、傷付くのが怖かったから。

 

 

今振り返ると、沢山のモノが

私を支えてくれて

私の命を守ってくれた。

 

 

今思うのは、感謝しかありません。

 

生きていて良かったって、今なら思えます。

 

それに、あの子が私の背中を支えてくれている。

絶対に側に居るって

思うだけで、凄い力を私にくれます。

 

 

病気も人の性格も

立ち直り方も

人それぞれです。

 

何を支えにするかも。

 

 

ニュースで、いじめが原因の自殺を聞くたびに苦しくなります。

 

誰も助けてくれない時もある。

生きていれば辛い事だって沢山ある。

だったら逃げればいい。

辛くて苦しかったら、我慢する事ない。

仕事だって、学校だって休んでいい。

 

 

生きるために、ちょっとくらい他人に迷惑かけてもいい。

 

だから、生きて欲しい。

 

私は、あなたにもっと生きて、いつか笑ってほしい。

幸せになってほしい。

だからいかないで。

 

そう言えたらどんなに良いことか。

 

愛していると、言えたら。

 

 

 

私は過去を許すことはできません。

でも、事実としては受け止めています。

変えようもありせんし

それに縛られて生きるなんてごめんですね。

 

私は幸せになるために産まれてきたのだから

もう過去に苦しまされる必要は無いです。

 

私は今、自分の為に笑って生きてます。

 

必ず幸せになれる。

そう思います。

 

この命は救われたものだから、今度は私が自分の命を守ります。

 

覚悟といいますか

大切な命を失った時に約束したから。

私がいつか、もう大丈夫だよって言える時まで、見ていて欲しいです。

 

 

 

 

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございました。